一部の流行にのってみた

雑感
さて、Yahooニュースに「酒離れ」の記事が載っていたので。
思うところ。
娯楽の多様化についての雑感。

流行ることなく、廃れた言葉で
僕らの年代、アフターバブルな世代を

プレッシャーの世代

と表現した人もいたけれど。
ニュースで描かれる特徴として

1.車を買わない
2.旅行をしない
3.酒のまない
4.貯金好き
5.テレビ離れ、マスコミ離れ
等々思いつくままにこんなことが言われたりしてる気がする。

ちなみに、僕は教育や刷り込みの力をかなり信じているので
この結果
全部社会が意図して、あるいは意図せずにつくっちゃったイメージの結果なのだと思う。

バブル以前が、
提供された画一的な娯楽を楽しもう、というイメージを植え付けて子供を育てたのに対し
僕らの時代以後は、
他者と異なる人であれ
オンリーワンであれ
自分なりの楽しさを見つけろ
と、それこそテレビから教育から教えられてきた。
僕らの頃から始まった、土曜休日や総合学習、その後のゆとり学習はその典型だと思う。実際には、テレビやマンガのコンテンツ的なところからの影響が大きいのだろうけど。

利点は言うまでもなく、個々人が無理なく、娯楽を楽しめること。
これにはネットによってコミュニティPRが容易になり、マイナーな趣味でも相手が見つけられるようになったことも働いていると思われる。
欠点は、画一的な産業を維持出来なくなってきたこと。
資本主義社会である日本そのものが、車産業やマスコミ自身で蒔いた種によって、内需の多様化による思いも寄らないシェア低下に苦しんでいる。
スタンダード外の趣味をかっこいいと宣伝しすぎて
テレビを見ていた時間をそれ以外に回してしまい、
他者とおなじ車というモノを持つことを、目標にしない人間が増えてしまった。
結果、大企業が外需に頼らざるを得ない状況になっているのではと。

・受験戦争で画一的な考え方しかできない、マニュアル人間
そういった社会を変えようと、僕らの上の世代は活動し、実際そうなってきたんだと思う。
でも、その変化に肝心の社会は対応しきれていないんではないかなぁ。

一方で、少なくとも、20代後半の世代は
潜在的に流行を求めているのではないかな、と思う。
ただ、マスコミ自身の自爆広告によって、もはや大多数の流行は必ずしも格好良いものではなくなっていると思う。
だから、それにのる理由が僕ら自身に求められている。
格好良いから、流行っているから
ではなく
好きだったから、おもしろかったから、信頼できる人間に紹介されたから
そんな主観的理由が無いと流行に乗ることはできない。
しかし、それでも流行そのものが期待されていないワケではないと思う。
でないと、1Q84があそこまで売れた理由にはならない。
村上春樹の記録を塗り替えるほどの衝撃は、僕はそこから感じなかった。
しかし、売れている。
むしろ今まで、読んでいなかった人まで読んでいるようだ。
だから流行そのものが邪険にされているわけではないと感じるのだ。

ただ、コマーシャルの仕方は昔と違う
昔なら、これが次流行る!これがおもしろい!とメディアがイメージをつくってから、モノがでていた。
しかし今は、前宣伝を控えめにして、それと比較して
予想外に売れている!
という広告のほうに弱いと思う。メディアのおもしろい、よりも見た人間のおもしろかったを重視しているんでないかと。

雑感。ダイバーじぇんす。無結論